夕方のローカル情報番組のエクササイズコーナーでインストラクターのお姉さんが「はいそうでーす」と言ったのを「バイオレーンス」と捉えました。
そんな夕方ちょっと前、2軒隣の3兄妹が虫取り網を振り回しながら我が家の庭に侵入、さらにうちのお隣の畑ゾーンにまで網を轟々と振り回し侵入。
ぶどうやナス、ネギや大根、コスモスやあじさいやチューリップがある豊かな畑だ(お隣の畑に詳しい私もどうなの
たしか白菜と柿もあったわよ!(しつこい
そんな畑のものをおすそ分けしてもらったり、裏のおうちからも時々シチューとかおこわとかおすそ分けしてもらったりして(もらってばっかり、てかおばちゃんのお料理すごいおいしくて好き)気心のちょっと知れた間柄ではあります(いらん情報
激しくずれましたが、その兄妹らがお隣の畑から戻ってきて、うちの庭に来た時に、うちの小さいりんごの木の実がついてる枝を足で蹴りやがった!・・・んです。
そりゃ手入れもしないで立派な実がついてるわけじゃないけど、もうこりゃいかんと思ってまず一喝「やめなさい」と言い、よそのお家の庭や畑に入っちゃいけないと言おうと思ったその刹那、彼らは謝りもせず逃走。・・・おい。
謝って理解しないと怒った意味がない。
てか、思い出してみたらいつぞや私の家に石投げた子供たちだ。
彼らがまたうちの前を通るだろうと思って待ってたけど、どこへ逃げたのかなかなか現れず。
現行犯でちゃんと注意したかったけど、私の対応も半端だったのも悪くて今回のことはうやむやになってしまった。
私も小学生の時に人様の車を汚してしまって、車の持ち主にひどく怒られて、その時はその人のことがただ恐くて反省する余裕もなかったということがあった(しかも一緒に遊んでた友人が逃走したことにダブルショック
ほんとに恐くてしばらくトラウマになってたけど、強く叱ってもらったお陰で私は「悪いことをした」ということを理解して、ちゃんと反省することができたんだと後になってから思いました。
叱責に耳をふさぐのはもったいないことかもしれない。理解する機会を失うから。
でも、だからこそ怒る側も言葉に責任を持って叱らなきゃいけませんな。少しでも正解に導かなきゃいけないから。
そうやってお互いに理解しながら成長していけたらいいですなぁなんてことを思っていたら、外からまたあの兄妹たちの賑やかな声が聞こえてきた。
何やら石が地面に落ちる音がする。・・・兄が石を投げて、妹らが虫取り網で取るみたいなことをして遊んでた。
細い道路を挟んだ住宅地、車や窓に当たって損傷するかもしれないし、人も通る。てか、妹ちゃんに当たって怪我するかもしれない。
こりゃいかんと思い、道路から少し離れた家の私ではあったけど玄関に行こうとして部屋を出ようとしたその時、お向かいのおばあちゃんが庭ほうきを持ってお家から出てきて「だぇだ!(誰だ!)こご散らがしたの!危ねぐてだめだ!」と激しく喝。ほうきで石を集める音とお怒りの声を聞きつけたのか、3兄妹のお母さんが出てきて、やっとほうきを持ってきて片付けてました。
この件で、後片付けをするよそのおばあちゃんと自分のお母さんの姿を見て、理解と反省に結びついてくれればいいなぁなんてことを思いました。
たしかに、子供が遊ぶ場所も田舎のこの地でもだんだんなくなってきてることもあるんだけど。やっぱり周囲への気遣いは子供でも、お互いの安全のためにもある程度ないといけないかなと思います。